名古屋の巨大ビル解体へ 86メートル・東京海上日動ビル
1年2か月かけ

 名古屋中心部の高層ビル「名古屋東京海上日動ビルディング」(名古屋市中区丸の内)=写真=の解体工事が今月下旬にも始まる。大規模な高層ビルの解体工事は名古屋では初。名古屋の高度成長を象徴するビルの解体後は、同規模のオフィスビルを建てる計画だが、着工時期などは「現時点では示せない」(東京海上日動火災保険)と不況の影もみてとれる。

 1973年9月に老舗繊維商社タキヒヨー名古屋市)が完成させた地上25階(高さ約86メートル)のビルで延べ面積約4万8000平方メートル。名古屋で最も高い「タキヒヨービル」として知られたが、80年1月に東京海上(現・東京海上日動火災保険)が購入。改修も検討したが、最新の超高層ビルと比べエレベーターが不足するなど機能や耐震強度で劣るうえ、建築時に使用したアスベストの除去費用を考慮して建て替えることにした。オフィスなどテナントのほとんどが退去し、解体の準備が整った。

 ビル上層から順に壊し、鉄骨などをクレーンでおろす解体作業には約1年2か月かかる。順調に進めば2010年末に解体を完了する。アスベストの飛散を防ぐため、工事中は浮遊量を毎日測定して被害を防ぐ。

 国内では68年建設の「霞が関ビル」(東京・千代田区)など築40年を迎える高層ビルが増え、老朽化対策が課題となっているが、実際に解体されたビルは鹿島旧本社ビル(東京都、最高75メートル)など一部に過ぎない。
(2009年9月17日 読売新聞)

東海4県 三菱UFJ銀 15年ぶり支店新設
名古屋市緑区 地銀各行も出店計画
 三菱東京UFJ銀行は17日、名古屋市緑区の徳重地区に2010年秋に支店を新設すると発表した。緑区では、市営地下鉄の延伸や商業施設の開業などで今後も人口増が見込まれることから、第三銀行中京銀行が徳重地区での支店開設を決めたほか、他行も同区や周辺での出店計画を表明している。旧東海銀時代を含め、三菱東京UFJ銀が静岡県を含む東海4県で支店を開設するのは約15年ぶりで、競争に拍車がかかりそうだ。

 同市天白区の野並支店鳴子出張所を移転し、「徳重支店」として昇格させる。地下鉄の延伸で徳重地区に開業する予定の新駅近くのビルに入居する計画だ。鳴子出張所は徳重支店開設後、ATM(現金自動預け払い機)コーナーを残す。
(2009年9月18日 読売新聞)


高速1000円効果検証を 中日本高速会長が指摘
2009年9月19日 朝刊
 鳩山内閣による高速道路無料化の先行きが注目される中、中日本高速道路会社の矢野弘典会長は18日の会見で、現行の自動料金収受システム(ETC)特別割引の結果を分析することが先決との考えを示した。
 矢野会長は、民主党が無料化を「原則」としている点をとらえて「段階的に実施していくのだろう」と推測。その前に、現行制度の効果を検証すべきだと指摘した。
 同時に「最初は完全無料化だと思ってびっくりした。だが(新政権の)話を聞いていると、そうでもない」とも説明しており、極端な無料化政策はないとみているもようだ。料金体系のあり方を、東日本、西日本の両高速道路会社と一緒に検討する意向も明らかにした。


無料化の経済効果 国交省、一転試算認める

2009年9月6日5時5分

高速道路を無料化した場合の経済効果について国土交通省が2年前に試算
を行っていたことが明らかになった。一般道の渋滞が解消されることなどか
ら、直接の経済効果を2.7兆円と見込んでいる。これまで政府は「試算は
存在しない」として隠してきた。民主党の公約に有利な結果だったため、公
表しなかった可能性がある。

試算は07年度に国交省国土技術政策総合研究所が実施した。政府が08
年度以降に検討していた高速料金値下げの影響を調べるためだった。だが、
政府は国会答弁や質問主意書への答弁書などで高速道路無料化の経済効果
に関する試算について「国交省が取りまとめたものは存在しない」などと存
在を否定してきた。

朝日新聞の取材に対し、同省道路局は試算の存在をこれまで認めてこなかっ
た理由について、「『検討段階』だったため」と説明している。

朝日新聞が入手した資料によると、「3割引き」「5割引き」「10割引き(無
料)」の3パターンについて経済効果や渋滞予想区間を詳細に調べている。
無料の試算は、首都高速阪神高速を除く高速道を無料化した場合のもので、
民主党公約と一致する。

経済効果は、(1)走行時間の短縮(2)燃費など走行経費の減少(3)交
通事故の減少、の三つの効果を、国交省の基準に基づき金額に換算した。

高速道自体の経済効果は、渋滞増加などで年間マイナス2.1兆円となるが、
車が流れやすくなる一般道が4.8兆円のプラスとなり、差し引きで「2.
7兆円の効果が生じる」とした。利用者の料金負担の軽減分などを加味した
別の計算方法では、経済効果は7.8兆円に達した。

高速道と並行する国道の通行量が減ることで二酸化炭素(CO2)排出がど
れだけ減るかも試算したところ、割引前の1.8%減にあたる310万トン
の削減となった。ただ、高速道の通行量が増えたり、鉄道やバス利用からマ
イカーに切り替えたりすることによるCO2の増加量は試算しておらず、差
し引きのCO2の増減効果は不明だ。

無料化した後の高速道の混雑度についても予測。通行量が道路の許容量をオ
ーバーし、慢性的に激しい渋滞が起きやすい「混雑度1」を超える区間は高
速道全体の21%にあたる1580キロとなった。広域で渋滞が起きると予
測されているのは東京外環道、東名高速名神高速東名阪道など。東北や
北陸、四国などは混雑度は低いものの、地方の中核都市周辺や2車線の道路
は混雑が予想されている。

民主党マニフェスト政権公約)の目玉に高速無料化を掲げ、10年度か
ら段階的に実施する方針を打ち出している。これに対し国交省は総選挙前ま
で高速道無料化について一貫して反対してきた。選挙後は「新しい大臣の指
示をいただいて検討する」(谷口博昭事務次官)としている。
(津阪直樹)

【政治】高速無料、支持は3知事 全国アンケート(9月13日)
北陸中日新聞から】ETC特需一転 高速無料化でどうなる?(9月4日)
【政治】鳩山内閣支持率は72% 高速無料「評価せず」58%(9月18日)
北陸中日新聞から】高速道路無料化 行方にやきもき スマートIC計画 県内自治体(9月10日)
【経済】無料化で「2万人失職」 中日本高速会長が問題点4つ指摘(8月27日)


中日春秋
2009年9月23日
 米国一辺倒だった自民党政権の外交姿勢に少々うんざりしていたからか、きのう米ニューヨークで外交デビューし

鳩山由紀夫首相の姿勢は新鮮に映った

▼首相就任から一週間足らず。各国の首脳が駆け引きを演じる国際会議の晴れ舞台に、「湯気が立っている」(

本人の弁)状態で駆けつけた新米総理ながら、物腰は落ち着いていた
▼最初の首脳会談の相手は中国の胡錦濤国家主席。約一時間の会談を原稿を見ないで、自分の言葉で語っ

たという。日中間の懸案である東シナ海のガス田共同開発を取り上げた際は、「いさかいの海から友愛の海にした

い」と詩的な表現も飛び出した
▼拍手を浴びたのは、国連気候変動サミットで、温室効果ガスを二〇二〇年までに一九九〇年比で25%削減

する中期目標を表明した場面だった。しばらく大舞台が続くが、注目はオバマ米大統領との首脳会談だ

▼インド洋での海上自衛隊による給油活動の中止や在日米軍再編の見直しなどを掲げた鳩山外交。米国側に

は「脱米入亜か」との警戒感も広がるが、大統領と信頼関係を築けば、警戒も解けていくはずだ
▼核軍縮・不拡散に関する安保理特別会合で議長を務めるオバマ大統領は、東欧のチェコポーランド両国への

ミサイル防衛システム配備を中止する決断をしたばかりだ。強固な日米関係は核軍縮の流れをつくり出す力にも

なる。


東海財務局長 山崎穣一氏
    『統計の数字見るより、工場を見にでかける』

日本車輌製作所
    
      昨夏JR東海資本提携
      『N700系』生産拡大へ集中投資
開業に向け「ルート獲得大戦争
   JR東海と沿線自治体とで激しいバトル
   リニア新幹線「いよいよ本格的に稼働」


500系のぞみ「引退」 来春すべて、こだま専用に
2009年9月22日 朝刊
都心を走行する新幹線の500系のぞみ=東京都港区で

 JR西日本は21日、1997年から導入した新幹線車両「500系」を、来春に東海道・山陽新幹線の「のぞみ」としての定期運転から“引退”させる方針を明らかにした。JR東海と共同開発した最新鋭車両「N700系」に徐々に置き換えているためだ。引退した車両は新大阪−博多間の「こだま」で活用する。
 500系はカワセミのくちばしのような鋭くとがった先頭車両のデザインが特徴で、鉄道愛好家らに人気がある。だが「車体が円筒形のため室内空間がやや狭く、全車両にモーターが付いているため車両価格が高い」(JR西日本)といった難点があり主力の座から降りることになった。
 既にのぞみの定期運転は2往復だけとなっており、11月10日からは1往復に減らす。のぞみがなくなれば、原則こだま専用車両となる。


      テレビ事業発祥の地「一宮工場」閉鎖
      聖域なき改革を一気に加速

9月11日
中部
シロキ工業、愛知の生産体制再編 3工場を2工場に集約
 自動車部品メーカーのシロキ工業は愛知県内の生産体制を再編した。これまで部品別に3工場を稼働していたが、生産ラインをまとめて2工場に集約。従業員はそのまま引き継ぎ、設備廃棄などで余剰資産を減らした。中部の自動車部品業界はトヨタ自動車の生産回復で需要が戻りつつある。一段の業績改善に向けて生産体制を見直す動きが広がっている。

 シロキ工業の愛知県内の生産拠点は豊川工場(豊川市)、名古屋工場(豊田市)、豊田工場(豊田市)の3工場だったが、このうち豊田工場の生産能力を他の2工場に段階的に移した。

 豊田工場で生産した部品のうち、リクライナーやアジャスタといったシート関連部品は名古屋工場に、ドアサッシをはじめとするドア関連部品を豊川工場に移管した。豊田工場の従業員約100人は移管先に配属。同工場の活用方法は今後検討する。一連の再編に投じた資金は約9億円。


:9月19日
中部
財政負担に配慮求める 名古屋市の国への要望
 名古屋市は18日、新政権の財政運営に関する提案を発表した。24日に河村たかし市長が総務省国土交通省を訪問して直接伝える。政権の中心を担う民主党マニフェスト政権公約)で掲げた施策を実行する上で、市の財政負担が膨らまないように配慮することなどを求める内容だ。

 ガソリン税など自動車関連諸税の暫定税率の廃止などで市は170億円ほどの減収が見込まれるとしており、減収分の国による全額補てんを求める。子ども手当のための財源負担を地方につけ回ししないことも要望する。

 国庫補助金などを廃止し一括交付金に改めるという公約に対しては、国の関与が残るとして地方への税源移譲を提案する。また政令指定都市を構成メンバーとする国と地方の協議の場を法律に基づいて設置することも要請する。

松本路線廃止検討に驚きと戸惑い
2009年9月17日
日航が路線運航の撤退を検討している県営松本空港松本市

 日本航空(JAL)が路線運航の撤退を検討している国内7空港の中に、県営松本空港松本市)が含まれていることが分かった。地元では「寝耳に水」の情報。関係者らの間で驚きと戸惑いが広がった。
 2010年10月の羽田空港(東京)再拡張に伴う路線再編をにらみ、松本−札幌と松本−福岡間の復便を日航に要望している県。今回の撤退検討報道に困惑気味。「JALからの連絡がなく撤退が事実かどうか確認できない」と、交通政策課は情報収集に追われた。
 地元自治体や観光業界などで構成する「信州まつもと空港地元利用促進協議会」の会長を務める菅谷昭松本市長は「最近の日本航空の状況をみて、危惧(きぐ)はしていた。(報道が)事実だとすれば、私たち地元も県と歩調を合わせて(路線存続のため)動いていく」。
 また松本商工会議所の井上保会頭は、自ら観光キャラバンを組み、同空港の定期便就航先の札幌などで松本市の観光PRをしてきたこともあり「撤退するとしたら大変なことだ。関係団体と方策を検討したい」と話した。
 空港近くに住む塩尻市の公務員浦沢芳恵さん(36)は「経営が厳しいのは知っていた。撤退が本当なら寂しい」と話し、空港ターミナルビル会社の畑中和良専務(61)は「インターネットのニュースで初めて知った」と驚いた様子だった。

9月19日
中部
FDA、静岡―福岡便代替で調整 日航撤退後、共同運航か単独で
 鈴与の鈴木与平社長は18日、日本航空静岡空港から撤退した場合、子会社のフジドリームエアラインズ(FDA、牧之原市)が「静岡―福岡便の運航を代替する用意がある」と述べた。日航との共同運航とするか単独運航とするかなどについて日航側と詰めの協議に入る。静岡―札幌便は肩代わりしない。

 FDAは現在、76人乗りの小型ジェット機を2機保有、来年2月には3機目を調達する予定。鈴木社長は「機材はFDAのものを使う」としており、共同運航になっても就航するのは小型機となる。

 日航は現在、静岡―福岡便で、150人乗りの機材を1日2往復、76人乗りを1往復の計3往復運航している。搭乗率は8月末までで63.7%。70%に達しなかった場合、県は日航に支援金を支払う約束をしている。

 しかし7月に就任した川勝平太知事はこの覚書の見直しを要求。これに対し、経営再建案を策定中の日航静岡空港からの撤退を検討している。

【経済】日航、50路線の廃止検討 16空港から撤退も(9月16日)
【静岡】JALとの搭乗率保証を一方的破棄も 川勝知事「廃止合意が無理なら」(9月16日)
【長野】知事、北沢氏と会談 「補正停止」で配慮要請(9月19日)


9月18日局長会見の中止、中部経産局検討 財務局、通信局は実施
 鳩山新内閣が官僚の記者会見の禁止方針を打ち出したことを受け、中部経済産業局が毎月の経産局長の記者会見の中止を検討していることが17日分かった。中部経産局は毎月、鉱工業生産指数の発表に合わせて局長が会見に応じている。新内閣の発足で「対応を本省と検討中」(広報室)としており、10月9日予定の局長会見は中止になる可能性が出てきた。

 一方、東海財務局は「局長が行うのは統計調査の説明」(財務広報相談室)、東海総合通信局は「本省から具体的な指示がない」(総務課)として、現時点では毎月の局長会見を続ける方針だ。


9月16日
中部
愛知県・名古屋商工会議所、地域振興で連携確認
 愛知県と名古屋商工会議所は15日、商議所内で懇談会を開き、地域の産業力強化や国際交流の促進へ連携して取り組むことを改めて確認した。名商側は中部国際空港2本目滑走路の実現に向けた国への働きかけや、中小の資金繰りを支援する融資制度の継続などを要望。神田真秋知事は「新政権になっても地域に必要なものは国に求めていく」と強調した。

 懇談会では、10月の「日中韓観光大臣会合」や来年の生物多様性条約第十回締約国会議(COP10)など県内が会場となる国際会議を契機とした観光振興の必要性で一致した。

 神田知事は徳川家康が中国でブームになっていることを紹介しながら「家康ゆかりの名古屋城徳川美術館を生かして、中国からの観光客を呼び込みたい」と話した。

 来年8月から県主催で開く国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2010」を巡っては、名商側から「まだまだPR不足」との声があがり、岡田邦彦会頭も「ボランティアらによる草の根PRが必要」と指摘した。


名古屋大昭会40年の歴史に幕
    解散パーティを華やかに開催
川村会長と肩書きに関して話し合う。
 ご本人は「相談役」がいいだろう、と口にされたが、
 創業者という位置は不動である。
 そこで最近「創業者」を肩書きにする人が増えていることから、
 「ファウンダー」ではどうでしょうと提案すると、
 「お、それはいい」と快諾されたので、これから川村会長は
 社内的な呼称は「会長」だが、対外的にはファウンダー
 ということに決めた。ご本人も気に入られたらしく、すぐに名刺
 を発注するよう指示された。

「中部財界社が求人募集をしていたような
 そんな気がする」
 という先輩の助言だけを便りに、わたしは
 中部財界社に電話をした。
 
 極めてノー天気な当時のわたしは、つまり
 《青年服部》は、電話口に出た女性に対し
 
 「御社デハ、イマダ求人募集ハ、サレテ
 ヲリマスカ」と
 告げた。すると電話はすぐに男へと変わった。
 「記者経験はあるのか」「面接に来るとした
 らいつから来れるのか」といった簡単な質
 問をされたような気がする。
 ノー天気《青年服部》は
 「明日ニモ伺ヘマス」と応えたから
 「では明日午前中に来て欲しい」と即決された。
 いや、面接に来いということである。
 
 だからわたしはその翌日の午前中、中日
 ビルの8階にやってきた。
 すると、見つけた中部財界社の入り口は
 不思議なことにドアが開いたままだった。
 入り口のドアを冬でも夏でも開放している
 のは、いまのいまでも踏襲されているが、
 その理由はわからない。前例に従ってとで
 もいうのだろうか。

 そのときのわたしは、ノックをするべきか
 どうか迷ったあげく、とりあえず「失礼シ
 マス」と声をかけて、一歩足を踏み入れた…。
 
 第一印象はなんだか暗い室内だった。
 室内には縦に机が二列並んでいるが、誰も
 いない。
 最初に髪の短い女性が対応してくれた。
 面接のことを話すと、暫時待て、とわたし
 を案内してくれたのが、その縦二列に並ん
 だ机のひとつ。つまり、本来ならこの机の
 持ち主がいるであろう場所に面接に訪れた
 人間を座らせたのだ。

 そうして、わたしを誰か社員の領域である
 机に座らせた案内の女性、そう、わたしが
 中部財界社で初めて遭遇したのがこの案内
 嬢で、しかもこの案内が間違いでないことを
 示すかのように、お茶を出してくれた。
 
 「しばらくお待ち下さい」
 後から紹介を受けたのだが、この女性は、
 社長秘書件総務を担当している加藤K子
 さんだった。
 わたしは、湯飲みに手を伸ばして、さらに
 驚いた。
 机の上には、なにもない。
 向かい合わせになった机が三つ。つまり6卓
 の机の島に受話器が三つ置いてあるだけだ。
 
 わたしの感覚では会社の事務所の机という
 のは書類を広げるスペースもないほど書類
 や書籍が乱雑に積み上げられている…と
 いうものだったから、これはちょっとした
 カリチャーショックだった。
 
 しばらくすると、小柄な老人がやってきた。
 息を切らしているから、どうやら外にいた
 らしい。
 
 「いや。お待たせ」
 その言葉遣いが明治の気骨を示していた。
 艶やかな銀髪。それを後に梳って、頚の根
 本で切りそろえている。女の子のおかっぱ
 と見紛うヘアスタイルだ。
 黒縁の眼鏡。大きな力強い目。眼光鋭い瞳、
 と表現するのが好いのだろう。
 後からわかったのだが、この人は老眼鏡を
 かけており、その分厚いレンズのお陰で
 瞳が大きく見えただけのことだった。眼鏡
 を外すと、意外とつぶらな瞳だった…。

 彼は自分の姓名を名乗り、編集の責任者だ
 と告げた。いわば当時の『中部財界』の
 編集長である。
 このひとはすでになくなって久しいので、
 名を明らかにしてもよいだろう。
 沖嶺さんだ。
 いまではほとんど見なくなったが、プラス
 チック製のたばこの吸い口をくわえ、額に
 垂れ下がる真っ直ぐな剛毛を書き上げる
 仕種は様は、格好良かった。
 
 彼はわたしにいくつか質問した。
 「取材記者としての経験は…」 
 
 あ、沖嶺さんとの面談は、入り口近くの
 ソファで行われた。つまり、やっと柔らかな
 椅子に座ることが許されたのである。
 これが当時の中部財界の常識だったのだろう。
 上客でなければ革張りのソファには座らせない。
 
 ただ、哀しいことに、わたしはこのとき
 当時の社長の川村会長と会ったかどうか
 記憶がないのである。会ったような気も
 するし、会ったのは翌日だったような記憶も
 ある。極めて曖昧模糊としているのは事実
 なのだ。
 とりあえず、これで面接は終わった。
 「明日から、出社せよ」

 昭和55年春、中部財界社入社決定。
 青年服部は、まだ20代であった…。


日本私紀行
服部靜明

鳥羽篇 

愛すべきオジサンたちへ
 実は、私は、二十年近く勤めている出版社
をやめるかどうかで悩んでいた。
 小さな会社だ。半世紀の歴史はあるものの
業績はさっぱりだった。
 創刊以来一度たりとも休むことなく発刊し
てきたとの自負はあるものの、喜寿を迎える
高齢の創業社長には哀しいかな覇気がない。
 いまさら業績をあげようという強い意思も
見うけられない。古びた長靴のような営業部
員のケツをひつぱたいて「広告をとってこい」
というだけで、自分はひたすら社長室に閉じ
こもって、最近始めた趣味の油絵に熱中して
いる。傾き始めた経済雑誌の経営を立て直す
努力も、気力も多分持ち合わせていないだろう。
 社長に対する不満は、いくらでもある。あ
りすぎて困るほどで、逆に、満足するところ
がどこにもなかった。哀しいことに、二〇年
間働いて、私の心に残ったのは不満だけとい
うべきかもしれない。

 中田さんは「もう少しの辛抱だから」と、い
つもいう。
 「社長が倒れたら、ナンバーツウのあんた
が会社を継ぐのだから」
 困ったことに、中田さんは、これを本心か
ら口にする。
 「あんたが会社をわがもの顔でやっていける
ようになったら、あんたのやりたいように社
内改革すればいいんだから」


銀幕の名古屋
小林貞弘
 第9回 それは名古屋にあるらしい…

 今回は、日本映画界の鬼才・三池崇史監督の
『極道恐怖大劇場 牛頭GOZU』(2003年)
を取り上げようと思う。

 『牛頭』は、その過激な描写のため劇場公開が
見送られたものの、Vシネマとしては初めて
カンヌ国際映画祭に出品された作品である。
ちなみに「牛頭」とは、頭が牛で、体は人の
形をした地獄の番人であり、津島神社の祭神
としても知られている。

 漢字の多さが際立った重厚なイメージのタ
イトルである。一瞬、ヤクザホラー(極道恐怖)
という新奇なジャンルを開拓しようとする、
三池監督の硬派な気概さえ想像してしまうも
のの、作品に一貫して流れているのは、徹底
したワルノリ精神である。
 
 例えば、物語が核心に近づき、ますます展
開を速めていく際にようやく登場する牛頭は、
中年体型で、シミのついた白いブリーフをはき、
「地獄の番人」というイメージからはまるでか
け離れている。
 もちろん、失笑を誘うようなバカバカしさに
溢れ、B級映画の匂いをプンプン漂わせていて
も、そこに妥協を決して許さない何かがあれば、
監督の作家性の問題として論じるべきだし、評
価すべきだろう。見方を少し変えれば、先駆的
・実験的な表現を試みているという評価も成り
立ちうるし、そうすることで『牛頭』は一種の
常識破壊ゲームのような様相さえも帯びている
と言える。

 『牛頭』予告編の「それは名古屋にあるら
しい…」(ご丁寧に「名古屋」の三文字を赤く
染めている)という意味深なキャッチコピーに
引き込まれるように、三池監督が仕掛けるゲー
ムに、私たちは誘われることになる。名古屋に
何があるのだろうという期待と不安を抱えなが
ら。
 ただし、名古屋城テレビ塔といった名古屋
のシンボル的な建造物が、これみよがしに画面
に映し出されるわけではない。物語の中心的な
舞台は津島市であり、現実に存在する都市空間
として名古屋をことさら強調する必然性は薄い
ようにも思われる。

 つまり、『牛頭』では現実の名古屋はほとん
ど度外視されたことになり、結果的に名古屋と
いう文化圏のイメージばかりが一人歩きをし、
膨張していくことになっている。画面に優先的
に表れるのは、三池監督のイメージの中にある
「名古屋的なるもの」である。その膨張に歯止
めがかからなかったせいか、三池監督は、『牛
頭』をみたら名古屋の人が怒り出すのではない
かという不安を抱いたという。

 『牛頭』は、組長(石橋蓮司)が南(曽根英樹
に、尾崎(哀川翔)を処分するよう命じること
から始まる。尾崎は、チワワを見れば「あれは
ヤクザを殺すために訓練されたヤクザ犬だ!」
と言ってチワワに襲いかかり、車をみれば「あ
れはヤクザをひき殺すために設計されたヤクザ
カーだ!」と言って運転手のおばさんを襲撃す
るなど、奇行が目立ち始めていた。しかし、南
にとって尾崎は「アニキ」と慕う存在である。
南が、要らなくなったヤクザを処分する「名古
屋のヤクザ処分場」に、尾崎を連れて行こうとす
る導入部分は、『楢山節考』の姨捨山伝説を思い
出させる。

 名古屋に近づくにつれて、画面には徐々に怪
しい気配が漂い始める。閑散とした冬枯れの景
色が続き、名古屋コーチンのオブジェを乗せた
怪しい道標が立ち、農道はぷっつりと切れてし
まう。東京と大阪の中間に位置する空間であり
ながら、名古屋は最果ての地に位置するような
空間として、あるいは、全く異質な狂気の世界
として暗示されている。

 名古屋に向かう道中、南は尾崎を誤って殺し
てしまう。尾崎の死体を乗せたまま名古屋に入
った南は、ニューハーフが経営する寂れた喫茶
店「憩い」にたどりつく。コーヒーと一緒にな
ぜかサービスとして付いてきた茶碗蒸しを食べ
た南は激しく嘔吐する。その隙に尾崎の死体が
跡形もなく消えてしまう。

 「憩い」とは名ばかりで、この喫茶店はまさ
に狂気の世界への入り口であり、南にとっては
超えなければならない最初の関門である。また、
この喫茶店が建設中の高速道路の真下にあるこ
とから、この先どう展開するのか(本当に完成
するのか)全く読めない状況にあることが示され
ているようだ。

 実際に、全ては名古屋人ではない者が名古屋に
来たばかりに引き起こされ、全編を通して、さら
なるカオス的な状況へと加速していく展開をみせ
ている。こういった状況は、例えば、カオスの住
人にふさわしい登場人物たちが発する言葉にも
反映されている。
 例えば、喫茶店の客(間寛平)は南に「あんた
名古屋の人間ちがうやろ」と、大阪弁で執拗に問
いかけているし、香港人の警察官も南に「あんた
名古屋の人間じゃないね」と吐き捨てている。
 また、酒店のロシア人女将が話す日本語はたど
たどしく、壁に張られたカンニングペーパーを棒読
みしている。そのカンペを画面に映すことで、映画
の約束事(カンペが映らないようにする)を破壊し、
極端に言えば、映画であることを放棄しているよう
な印象さえ与えている。

 『牛頭』の中の名古屋はある種の無国籍空間
であり、常識を根底から覆すような、ほとんど
架空に近い空間を提示している。とにかく書き
たくなることが満載の作品で、ここまで書いて
きたことも「序」のほんの一部分にすぎない。
それでもあえて後半を要約すれば、哀川翔が吉野
きみ佳として生まれ変わり、吉野きみ佳哀川翔
を出産するということになろうか…いずれにせよ
理屈や解釈など吹き飛ばしてしまう展開である。
この展開を説明するには、カオスで戯れる感覚を
持たなければなるまい。


河村・名古屋市長:南京大虐殺「誤解ある」 議会で発言

 名古屋市河村たかし市長は15日開かれた市議会9月定例会の一般質問で、1937年の南京大虐殺

件について、「一般的な戦闘行為はあった。そういうものが誤解されて伝わっているのではないか。事件そのものに

ついて日中友好のためにきちんと検証し直す必要がある」と発言した。

 河村市長は「おやじは終戦を南京で迎えた。南京の人に本当に優しくしてもらい、名古屋に帰ることができたと

言っていた。虐殺があったのなら8年後に南京の人が優しくしてくれるのか」と述べ、30万人以上が死亡したとする

説に「当時の南京の人口より多いので絶対違う」と否定した。

 河村氏は著書の中で、「南京大虐殺は国民党のプロパガンダだったかもしれない」「いつの間にか『歴史的事実』

にされてしまった」と記している。

 衆院議員時代の06年には、政府に対し「いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書」を提出。教科

書などに「市民や捕虜の殺害」などが記載されている根拠や、政府見解を改めてただした。これに対し、当時の小

泉内閣は「1937年の旧日本軍による南京入城後、非戦闘員の殺害または略奪行為等があったことは否定でき

ないと考えている」と答弁書を出した。【丸山進、山田一晶】


トヨタ新体制2か月 試練のNUMMI 清算決断
来期黒字化へ課題 過剰設備、重い負担

豊田章男トヨタ自動車社長(レクサスのハイブリッド車「HS250h」の発表会場で)=7月14日撮影
 トヨタ自動車豊田章男社長が就任して2か月あまりがたった。豊田社長は8日、記者団の取材に対して「順調な滑り出しだった」と振り返ったが、目標に掲げる2011年3月期の黒字転換の実現に向けて課題は山積している。(戸塚光彦)

「負担は重い」

 「苦渋の決断だった」。社長就任後に最初の試練となったのが米ゼネラル・モーターズ(GM)との合弁工場「NUMMI(ヌーミー)」を巡る問題だ。経営破綻(はたん)したGMが6月末に撤退を決定したため、トヨタは「単独で継続」か「閉鎖」かの選択を迫られた。

 NUMMIは“日米協調”の象徴であるとともに、豊田社長もかつて副社長を務めるなど豊田家とゆかりが深い。このため「閉鎖は困難」との観測も浮上したが、最終的にはトヨタ単独での運営は「負担は重い」として「清算」の判断を下した。

 ただ、NUMMIの清算で、GMとの関係は弱まる。「GMは(米自動車業界では)ナンバー1企業。尊重しながら商売を続ける」。トヨタは技術分野での提携関係を継続するなど、GMとの友好関係を保ちたい考えだが、合弁工場という絆(きずな)を失った後で「新生GM」との関係をどう構築してゆくか、新たな対米戦略の構築が不可欠だ。

「楽観許されない」

 「いまだどん底にいる。(利益を生み出せる)生産台数と実際の販売台数には相当なギャップがある」。

 トヨタは8月に09年の世界生産計画(単独ベース)を580万台から595万台に上方修正したが、いまだに過剰設備の負担は重い。設備稼働率を高め収益力を回復するため、豊田社長はNUMMIの閉鎖、高岡工場(愛知県豊田市)の一部休止など、矢継ぎ早に生産体制の縮小を決めた。

 ハイブリッド車など新車販売の回復という追い風も受け、10月からは国内で期間従業員の採用も再開する。

 しかし、足元の好調は、日米欧など各国の政府支援というカンフル剤の効果に過ぎず、「楽観は許されない」。新車販売が再び失速すれば、「トヨタのDNAとして難しい」とする工場閉鎖など一段の生産調整を迫られる懸念もある。2011年3月期の黒字回復という“公約”の実現には曲折も予想される。
(2009年9月9日 読売新聞)


名鉄が業績を下方修正 純損益赤字、無配に
2009年9月16日 朝刊
 名古屋鉄道は15日、2009年9月中間連結決算の業績予想を下方修正した。経常利益は65億円から19

億円に減少、純損益は35億円の黒字から6億円の赤字となる。中間配当を見送り、期末配当も未定とした。
 昨年秋以降の景気悪化や新型インフルエンザの影響で、鉄道をはじめグループ全体の事業が打撃を受けたとし

ている。名鉄単体でも、中間決算の開示を始めた1978年9月中間決算以来、初めての赤字となる。
 10年3月期の連結業績予想も、経常利益を170億円から125億円に、純利益を120億円から65億円に

下方修正した。
 山本亜土社長は個人消費の低迷で大幅な収支改善は見込めないとの見方を示し、「流通業やトラック事業な

ど一部の連結子会社の収益悪化が著しい」と語った。
 名鉄単体では、09年9月中間決算の経常利益を48億円から27億円に、純損益を17億円の黒字から9億

円の赤字に下方修正。10年3月期の経常利益を60億円から26億円に、純利益を75億円から15億円に修

正した。
 09年4〜9月期の旅客人員は前年同期3・1%減、運賃収入は約24億円減の見通し。単価の高い中部国

際空港路線の落ち込みが響いた。

大証FXの対面取引開始 来月1日から豊証券、業界初
2009年9月19日 朝刊
 豊証券(名古屋市)は10月1日、大阪証券取引所外国為替証拠金取引市場「大証FX」の対面取引を始める。大証FXを扱う証券会社は6社あるが、いずれもネット取引で、対面取引は証券業界で初めて。
 同社の扱う商品は株式や投資信託が中心。為替商品の品ぞろえを強化し、株価が下落する局面でも顧客が利益を得られる機会をつくるのが狙い。対面取引で顧客の資産状況に応じたアドバイスができるようにして、競合他社との差別化を図る。
 東海地方の地場証券は、営業収益に占める株式委託手数料の比率が高い。株式市況が低迷すれば軒並み業績が悪化するという課題を抱えており、株式以外の新たな収益源を持つことが生き残りのカギとみられている。
 豊証券の伊藤立一社長は「円高で輸出企業の業績悪化が懸念され、株価が落ち込むような時でも、損失を回避できる取引手法を持つことでビジネスチャンスが拡大できる」と話している。
 大証FXは、7月21日に大証が開設。東京金融取引所に次いで国内2番目のFX公設市場で、専門業者らによる店頭取引と比べて税制が優遇されるなどの特長がある。
 【外国為替証拠金取引(FX)】 円やドルなどの通貨を売買し、為替変動による差益などを狙う取引。業者に預け入れる証拠金を元手に、最大数百倍までの外貨を取引できる。倍率が高いほど高収益を期待できるが、損失が拡大するリスクも大きくなる。高い投機性から、金融庁は来年8月、取引倍率を抑える規制を導入することを決めている。


2009.09.15 Tuesday
author : 012401240124
安藤証券のわくわくチャレンジキャンペーン
愛知県を基盤とする安藤証券が、魅力的なキャンペーンを開催中です。12月28日までに安藤証券で新規口座

を開設すると、口座開設後、約2ヶ月間の取引手数料が全額キャッシュバックされます。

元々は愛知県の地場証券だった安藤証券。地域密着型の営業を展開することで、顧客から高い信頼を得て業

績を伸ばしていました。その安藤証券は、証券会社の中でも、早くからネット取引に注力したことで、現在では業

界で独自の存在感を示しています。特筆すべきは、同社が展開している取引システム「美(ちゅ)らネット24」です

。テレビなどで「美らネット24」のCMを見た人も多いのではないでしょうか。

今回のキャンペーンでは、まず第一弾として、9月14日から来年の2月26日まで、国内株式取引の手数料を一

律315円に設定してあります。その上で、上記のキャッシュバックキャンペーンがあるのですから、とってもお得なことが

分かると思います。

民主党政権の概要が発表されて、いよいよ新たな政権が誕生しようとしています。景気動向年金問題、政治と

官僚の関わりなど、問題は山積していますが、こんな時こそ相場の動向に注目したいものです。新しく株式投資

考えている人、既存の取引手数料に疑問を持っている人、安藤証券はいかがでしょうか。


エイデンから「エディオンEAST」に 10月から社名変更
2009年8月19日 朝刊
 家電量販店大手のエディオンは18日、10月1日から傘下のエイデン(名古屋市)の社名を「エディオンEAST」、デオデオ広島県廿日市市)を「エディオンWEST」に変更する、と発表した。
 エディオンは、デオデオミドリ電化兵庫県尼崎市)を10月に合併するなどの事業再編を進行中。事業の中核を担うエイデン、デオデオの両社の社名をエディオンブランドに統一し、業務拡大や営業力の強化を目指す。
 社名変更後も、店舗ブランドとしての「エイデン」や「デオデオ」は維持する。
 ただし、エイデンが複数の店舗ブランドを展開している関東圏では、11月下旬までに全21店舗を「ishimaru」に統一する。

2009年09月17日
JR貨物/JR豊橋駅豊橋複合商業施設竣工
日本貨物鉄道は9月17日、JR豊橋駅の東口に自社用地に、複合商業施設(ココラアベニュー)が10月26日に竣

工すると発表した。

施設は、JR・名鉄豊橋鉄道の各駅に隣接し、2階部はペディストリアンデッキで直結する利便性に優れた立地

条件で、近隣の商業施設などと道路上空通路で結ばれ相乗効果が見込まれている。

商業・事務所ビルは3階建て、敷地面積4,602?、延べ床面積12,595?で11月20日オープンする。併設して駐

車場ビル(4層5段、駐車台数357台、延べ床面積6,889?)を設けている。


9月5日中部
松坂屋岡崎店、閉店発表で売上急増 地元の顧客続々と

 松坂屋と大丸を傘下に持つJ・フロントリテイリングが来年1月末の閉店を決めた松坂屋岡崎店(愛知県岡崎市

)の売上高が、閉店を発表した8月25日を境に急増している。発表前は前年同期比1割超のペースで減っていた

のが、逆に大幅増へと急回復。足を遠ざけていた地元の顧客が閉店を惜しんで続々と訪れているためだ。

 岡崎店の8月の売上高は1日から25日までは11.6%減だったのが、定休日(26日)の次の27日から31日に限る

と27.1%増に転じた。来店客もほぼ同様に増えた。古くからの顧客が戻り、中高年向け婦人服の売上高が2倍

以上に増えた。8月全体の売上高は6%減と、名古屋店(11%減)や豊田店(12%減)など近隣店舗に比べて

健闘している。9月に入っても2ケタ増が続いている。

 岡崎店の売上高は3〜8月の累計が17%減と松坂屋の全8店舗中、最も減少幅が大きかった。来年1月末に

向けて現在計画中の閉店セールを実施すれば、一層の増収につながる見通しだ


9月9日中部
太田油脂、バイオディーゼル燃料の精製能力10倍

 食用油製造の太田油脂(愛知県岡崎市)は、軽油の代替燃料となるバイオディーゼル燃料(BDF)の精製能

力を10倍に引き上げる。豊田通商などと共同開発した精製技術を使うもので、普及に向けた品質を確保できると

みて事業拡大に踏み切る。豊田通商は太田油脂との取り組みによって技術の実用性を証明し、BDF事業の海

外展開に備える。

 太田油脂の本社工場で2008年1月に稼働させた設備を増強。処理能力を年20キロリットルから200キロリットル

に高めて2010年4月に稼働させる。豊田通商の子会社の豊田ケミカルエンジニアリング(愛知県半田市)のプラン

ト設計技術と太田油脂の精製技術を組み合わせた方式で、設備投資は数千万円を見込む。

 設備は、大量の水や排水設備が不要で、水道が整っていない地域にも設置できる。今年1月に開催されたダカ

ール・ラリーでは、トヨタ車体のチームがこのBDFを使って市販車部門で優勝した。太田油脂は「ラリーで精製品質

の高さを実証できた」(太田健介社長)と説明している。


9月8日中部
中経連と名商、民主公約に懸念 環境・雇用施策を中心に

 中部経済連合会名古屋商工会議所が7日、民主党マニフェスト政権公約)で掲げた環境政策や雇用政

策への懸念を相次いで表明した。中経連の川口文夫会長が同日の記者会見で、現政府より厳格な目標を設け

民主党の温暖化ガス削減案について「非常に重い負担」と指摘。新政権に柔軟な対応を要望した。名古屋商

議所も環境・雇用政策の再考を求めた。

 川口会長は「2020年までに温暖化ガスを1990年比で25%削減」とする民主党の公約について、「(中部企業

の)国際競争力を損なう懸念がある」と強調。製造業派遣の原則禁止など雇用政策の規制強化についても「労

働力による損益分岐点の調整ができないと製造業は海外シフトをせざるを得ず、雇用状態がさらに悪化する懸念

がある。新政権は柔軟な対応を」と注文した。

 中部国際空港の2本目滑走路の建設構想にも言及。「財源投入するプライオリティー(優先度)が変わり、従来

のような第2滑走路の理解度が多少トーンダウンするのではという懸念を持っている」と指摘した。


9月4日中部
愛知県、先端技術開発施設「知の拠点」年度内着工へ

 愛知県が先端技術開発施設「知の拠点」の年度内着工に向け、県議会9月定例会に提出する補正予算

に約140億円を計上することが3日、明らかになった。年度内の着工を条件とした国の「地域産学官共同研究拠

点整備事業」の助成を活用する。県財政の悪化を受けて1年先送りした計画を元に戻し、改めて2011年度の整

備完了をめざす。

 先の通常国会で成立した国の補正予算で、施設の一部を利用する独立行政法人科学技術振興機構」(J

ST)が最大30億円程度の助成を国から受けることが可能になったため、県は早期整備に方針を転換した。

 知の拠点はモノづくり技術を生かし、環境・エネルギー分野など次世代産業を発展させ、中小企業の支援など

につなげる構想。15年度までに、各地から先端研究・実験施設などが集まる一大拠点とする。県は愛知万博

愛・地球博)跡地への建設などを明記した基本計画を07年に策定していたが、当初予定していた09年度当初予

算への建設費計上は、昨年秋からの急激な景気後退による財政悪化のため、見送っていた。


9月2日中部
中部空港とベトナム航空、営業・PR番組で連携

 中部国際空港ベトナム航空との連携を強化する。国内の旅行会社に対する営業で連携したり、PR番組を

共同制作したりすることで、ベトナムへの日本人観光客の増加を目指す。ベトナム航空は現在、中部―ハノイ便

を週4便運航している。ベトナム航空は増便の意向を示しており、2010年度中にも週7便への増便を目指す。

 中部空港は国内便が乗り入れている全国22都市のうち、ベトナムへの直航便がない都市の旅行会社を選び、

ベトナム航空と中部空港の営業スタッフがベトナムの名所や名産品などを紹介する。これまでは中部地方での営

業活動が中心だったが、地方都市での活動を活発にすることで、中部空港を経由してベトナムに向かう旅行プラ

ンの作成、販売につなげる。

 ベトナム航空と中部空港、旅行会社などの共同出資による在名民放各社での観光PR番組の制作も検討する

。構内で臨時のベトナム料理店を開設する「ベトナム料理フェア」も近く開催し、ベトナムへの関心を高める。



9月3日中部
ユニー、本部の100人を店頭投入 営業強化、経費削減も狙う

 ユニーは来春までに、本部に所属する人員の営業店への大規模な配置換えを進める。まず本部人員の1割超

に相当する約100人を対象とする。本部機能のスリム化で経費を削減するとともに、販売テコ入れに向けて店頭

重視の姿勢を鮮明にする狙いだ。景気低迷による消費不振でスーパー間の競争が一段と激しくなるなか、構造

改革を加速して生き残りを図る。

 ユニーには現在、本社のある愛知県稲沢市などに約900人の本部人員がいる。本部には仕入れや企画、財務

など後方部門の担当者らが勤務している。「肥大化しがちな本部の人員を減らし、なるべく現場に出てもらう」(首

脳)方針で、店頭との役割分担など業務の見直しにより効率を高め、より少ない人数で本部業務を進められるよ

うにする。

 優秀な人材を積極的に店舗に振り向けて経験を積ませることで、店頭の営業力強化や現場感覚に富む中堅

幹部の育成などにつなげる狙いもある。


ジャスコ買い物 ネットでOK
生鮮食品など6000品目
 スーパー「ジャスコ」を運営するイオンリテール千葉市)は16日から、客がインターネット上で注文した商品を最寄りの店舗から届ける「ネットスーパー」を名古屋市内で始める。対象は生鮮食品、日用雑貨など6000品目。配送地域の目安は店舗から半径約5キロ以内で、八事店(名古屋市昭和区)でスタートし、今月末までに同市内全8店舗に広げる。

 午後3時までの注文は当日配達し、最短3時間で届く。配送料は1回の買い物が5000円未満の場合は105円かかるが、10月末までは3000円以上の買い物は送料無料。会員登録に費用はかからない。イオンリテールはネットスーパーを関東23店舗で実施中で、子育てや介護などで外出しにくい主婦層を中心に好評だ。名古屋市内ではユニーなどが先行している。


(2009年9月16日 読売新聞)


流通合理化の危険度
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    前田 正晶

1960年代には流通の合理化ないしは改革が多くの産業で実施され始め、
かなり真剣に採り上げて論ずる製造業者や学者や経済評論家が多かった。
その端的な表れがダイエーの出現であろう。

「流通経路を短縮して、製造業から最終需要家さらには消費者に行き着
く経路を短くすること」である。

念のためお断りして置くが、私が再三採り上げてきた百貨店に代表され
る大規模小売業の衰退とは直接の関係がない。

流通合理化の問題点:

9月21日の産経には「農産物直売所」が今や全国に13,000軒もあり、セブ
ン−イレブンの店舗数を超えた」と報じられていた。これは消費者にと
っても朗報で、農家も「何処か」に中間搾取されずに現金の手取りが増
えるという結構な手法であろう。だが、この手法では中間に立つ「何処
か」以外も流通経路から除外してしまうのである。

実はかく申す私もここ数年間、群馬や長野方面に出掛けた際には街道筋
に店を出している農家から何度も新鮮な?野菜を買い、取れたてのトウ
モロコシを焼いて貰って食べた経験もある。

だが、私を含めた多くの消費者はそれが果たして本当に都会の消費地
小売価格と比較してどれほどの比率でお買い得かを考える前に、その
「直売」の魅力と雰囲気に惚れ込んでしまうのではないだろうか。

何故私がこう言う流通経路の短縮を良くない現象というかと言えば、そ
の一つに現在限りなく進行しているデフレ傾向を助長することがある。

これは、消費者が物を安く買えるので一見良いことのようであるが、流
通経路を遡って考えれば、最終的には物作りをする製造業を弱らせるこ
とになるのである。

私はこの点を採り上げて問題にしたいのである。すなわち、自らの生存
を賭けた中間を排除してエンド・ユーザーへの直売政策を打ち出す時に、
業界全体、ひいては流通業の存在までに考えが及ぶのだろうかとの疑問
である。

PBの大流行:

ここでも具体例を挙げれば、目下日本語で言う「プライベート・ブラン
ド」(=PB)の大流行がある。これなどはスーパー・マーケットやコン
ビニが競って採用し「大量仕入れ→大量販売」で低価格製品を提供する
仕組みである。念のために申し添えれば、英語では"Private label"であ
る。

現在のような消費景気不振の時期では「ある程度以上の品質の物を安く
売らねば、顧客の関心をつなぎ止めておけなくなる」ので、PBが流行り、
メーカーは採算を相当程度無視してでも(例えば、装置産業の場合に)
長時間生産設備を動かし、大量に製品を出荷できて、現金収入がある、
この注文を受けるのである。

ここで経営的に苦しいことは、利幅が薄くなれば十分に利益も挙がらず、
変動費を賄うだけが精一杯の苦しい経営に追い込まれる。

経営が苦しくなれば、社員に十分な昇給をさせてやれず、そうなれば益
々薄利多売に走り、さらなる流通合理化を企てるという類の(悪)循環
に陥るのである。

しかも、最終消費者は小売業者そのもののブランドを信じて「安ければ
買う」という行動に出てくるのである。現在の景気ではこれを阻止する
ことは不可能ではないか。

流通業界を考える:

ここで流通合理化の何処か困るのかを別な角度から見ることにする。我
が紙流通業界は民主党クリントン政権時代に「チップやパルプのよう
な原料だけではなく、世界最高の品質を誇る我が国の紙を輸入せよ」と
激しく迫られたことがあった。

その際に自分たちの国の視点からしかものを見ていなかった彼らアメリ
カ勢が勝ち誇ったように槍玉に挙げたのが「複雑怪奇な紙流通機構で、
そのために我が国の優れた紙が何段階もある経路を経るので不当に価格
が高くなり、売れないのだ」という全くお門違いなことを言い募って、
我が業界を非難した。

ここでは多くの外紙の在日事務所が我が国の紙流通が江戸時代から果た
してきた機能を殆ど理解も認識しておらず、本社にまともな情報を上げ
ていなかったことが主たる原因となっていた。

しかも、彼らはアメリカの紙の品質が日本の市場と需要に適合していな
かったことを認識できずに、自らの力不足を流通のせいにして、ごく少
数のメーカーを除いて大多数のメーカーが実質的に一時撤退していった。

我が国の紙流通業界には江戸時代からの歴史があり、それが戦前に制度
として確立され、川上のメーカーから始まって、戦前は大きな力を持っ
ていた代理店に始まり、大小の規模の紙商を経て、大・中・小規模の需
要家に販売される仕組みとなっていた。

流通が果たす機能:

すなわち、製造業に始まって、最初の段階の代理店、次ぎに各都道府県
にある卸商と紙商、その先に中小規模及びそれ以下の個人経営の印刷業
者から、個人商店までを網羅するきめ細かい流通組織が形成されている
のである。

ここをより具体的に言えば、メーカーや代理店が対応できないような小
口の需要先に商品を運び、信用状態に応じた価格を設定し、集金業務を
行う第二次、第三次、時には第四次の販売店が必要になってくるのであ
る。

また、末端の小口需要に対応する在庫を持ち、そこから小口配送するこ
とは、代理店では管轄しきれなくなる場合が多いのである。

我が国の製造業では諸外国のように「メーカーが直接販売する制度」に
立脚してはいない業種が多い。最早合併でその社名が消滅したある伝統
的な和紙のメーカーは、各都道府県全部に販売店があった。それ故にき
め細かい商いをしてきた。それが我が国の伝統的流通組織の美風の一例
である。

換言すれば、販売先・需要先の規模や信用状態に応じた管理をそれぞれ
の段階で行っている実にきめ細かい組織なのである。ここがアメリカ勢
の理解の外にあり、売れないことの理由に使われただけだった。ここを
正当に理解していれば、どの段階に何を売りにくべ気かくらいのことは、
当時では自明の理だったはずである。

中間を排除した場合の弊害:

私が本質論としてここに採り上げる点は、良く調査しなかったが故にア
メリカ側が理解できなかった流通段階の複雑さではない。それは幾重に
も組織されている流通段階を「合理化」の名の下に飛ばして直販してし
まうと、中間に入れるはずだった小さな需要家の面倒を見てきた紙商が
その存在を否定され、その職を失うことになるのである。

解りやすく言えば失業者が出るのである。大袈裟に言えば、その結果と
して社会問題に発展しかねないのである。

我が国では、伝統的にこのような多くの段階を経て小規模な商店で販売
されている商品が多いことに難しさがある。合理化は時代に即応して結
構なことだが、そこに長年携わってきた人たちの職と生活がかかってき
たことを忘れてはならないのである。

社会問題への対策立案の重要性:

この点を解決することなく合理化だの改革を推し進めると社会的な問題
が起きるので、これに対する安全保障策に先ず取り組んでいく必要があ
るのだ。

現在のように不況が長引けば、誰しもがそこからの脱出を企てる。それ
は往々にして流通経路の短絡化に進んでいく傾向がある。それがどうい
う結果を生むかは、自分の生存のためという大命題の前には等閑視され
やすい。

何も紙流通だけのことではない。その流通の伝統が「時代とともに消え
てゆくのは仕方がない」というのは簡単だが、それとともに職を失う人
がいることへの対策を立てるのは政治の仕事ではないだろうか。それな
くして、安易に合理化、流通経路の短絡化に向かうのは危険を伴うと知
るべきであろう。



2009-09-04 16:49:19
こう見る:中部取引所の金上場認可
テーマ:コラム
経済産業省は4日、中部大阪商品取引所が申請していた金先物の上場を認可した。金先物取引は、既に東

京工業品取引所(TOCOM)に標準・ミニの2種類が上場しているが、これで3種類の金先物が同時に取引され

ることになる。

ザラ場取引(午前・午後の各3回)、取引単位が500グラムなど、一応は独自性を打ち出しているが、多くの市場

関係者にとっては迷惑な動きだろう。金先物は、TOCOMの中で唯一といっても良い流動性の確保されたマーケッ

トであり、それが中部市場にも分散されることは、国内金先物市場全体の衰退を招く可能性さえもある。

裁定取引の機会提供といった名目もあるが、同じく両取引所に重複上場されているゴムの例をみれば、それが無

理なのは一目瞭然である。小口需要はミニ取引が受け皿として機能しており、特に500グラムの取引に優位性は

存在しない。

また、同取引所が今年3月に発表した調査報告書(三菱総合研究所に委託)では、500グラムバーの受け渡し

可能性も探るとしていたが、結果的には1キロ単位の受け渡しであり、ここからも小口の金先物を新たに上場する

必然性は見当たらない。

では、なぜ中部大阪商品取引所は、金先物取引の上場に踏み切ったのか?

同報告書では、「産業インフラとしての機能維持のため一般投資家も含めた資産運用機能としての市場を供える

必要がある」としており、単純にうまみのある金先物の取引手数料をTOCOMから少しでも奪うことを目的とした動

きであることが窺える。取引所機能を維持するためには資金が必要であり、それを成功している金先物取引の重

複上場で実現しようとする意図が見え隠れする。

本来は、このような上場申請は却下すべきなのだろうが、時事通信社によると「不認可とする理由が見当たらない

」ことが認可の決定打となった模様だ。

上場認可が下りてしまった以上、鉄スクラップやTSRなどのように、静かに市場から消えてくれるのが理想かもしれ

ない。TOCOMの金ミニ取引には標準取引との価格差、受け渡しが不可能な点などで問題もあるが、少なくとも

十分な流動性を確保したマーケットに育っていることは高く評価できる。流動性の欠如が最大の問題となっている

国内商品市場で、敢えて取引を困難化させるような動きはやめてもらいたい。

中部大阪取引所には、このような小手先の生き残り策ではなく、現物取引とリンクした石油先物取引の方で活路

を見出してほしい。そちらは、着実に需要のあるマーケットなのだから。

なお、取引開始は10月13日(火)になる見通しである。

金先物10月13日上場
 中部大阪商品取引所名古屋市)は11日、金先物を10月13日に上場すると発表した。国内の金先物市場は2か所目となる。同取引所は石油、鉄スクラップ、鶏卵など10品目を扱っているが、不況による先物市場の低迷で出来高が落ち込んでいる。一般投資家がなじみやすい商品を増やし、市場の活性化につなげる狙いで、金先物の上場を決めた。
(2009年9月12日 読売新聞)


2大株主「サッポロ」と「明治」を手玉にとったポッカの堀社長

イオン「葬儀ビジネス」に参入 「ブラックボックス」業界大変化
2009年08月24日19時28分 / 提供:J-CASTニュース
豪華な祭壇、たくさんの生花、おいしい料理と追加していくと、知らず知らずのうちに葬儀が高額になり、後日送られてきた請求書を見て青ざめるというのはよくある話だ。それもこれも料金が不透明なためで、なかでも祭壇は「ブラックボックス」と言われている。ようやく最近、わかりやすい料金体系を売りにしたベンチャー企業もいくつか出現。さらに大手小売のイオンも葬儀ビジネスに参入し、葬儀業界が大きく変わりそうだ。
3年後に年間葬儀件数の10%を目指す
イオンは2009年9月から、全国の系列スーパーに葬儀案内パンフレット「安心のお葬式」を配布し、年中無休・24時間対応のコールセンターを設置する。イオンが行うのは受注のみで、特約店契約を結んだ葬儀会社400社に引き継ぐ。
6つのプランを用意し、基本料金は全国一律29万8000円〜148万円に設定した。
同社広報担当者は事業を始める理由について、
「故人ともっとも親しかった喪主が一番慌ただしくて、納得した葬儀を行えなかったという不満をよく聞きます。費用についても不透明だという意見が従業員から上がっていて、それなら自分たちで葬儀をやろうということになりました。受注するだけでなく、料金体系の透明化と、葬儀会社の体制もチェックし、お客さまが安心して葬儀を行えるようにしていきます」
と話している。
当初想定している顧客の対象は、全従業員30万人とその家族、イオンカード会員1700万人とその家族だが、スーパーのサービスカウンターにも冊子を置いて幅広い層を取り込んでいく。「3年後には年間葬儀件数の10%を手がけたい」と意気込んでいる。また、仏壇、仏具、墓石を販売する、はせがわと業務提携することを2009年8月24日に発表した。
「死体の経済学」(窪田順生著、小学館)によると、葬儀は粗利50%にも達する高収益ビジネスだ。なかでも祭壇は「ブラックボックス」で、30万から100万円とピンキリ。高い料金を支払っても、毎回新調するとは限らず、むしろ使い回しが「常識」だ。葬儀会社が300万円の豪華な祭壇を新調しても、4〜5回の葬儀で元がとれる。それ以降はすべて儲けだ。同じものを10年間も使っているというケースもある。祭壇を飾っている生花も次の葬儀に流用する場合もあるそうだ。
ところが最近は都市部で火葬だけの葬儀が増えていて、使い回しのビジネスは成り立たなくなってきた。さらに追い打ちを掛けているのが、葬儀ベンチャー企業の参入だ。
葬儀ベンチャー、10年で年商40億円超
ティア(名古屋市)の冨安徳久代表は葬儀業界の革命児と言われている。18歳の時に葬儀屋でアルバイトから業界に入り込み、1997年7月にティアを設立した。2009年8月現在で名古屋市内中心に22会館、大阪に1会館の葬祭会場を展開している。09年9月期第3四半期(08年10月1日〜09年6月30日)の葬祭事業の売上高は46億1000万円だった。
急成長を遂げた理由は、業界の常識を覆した料金体系にある。葬儀にかかる費用のひとつひとつをオープンにした。
祭壇料金は大きさ、形式によって異なり、小さいものは20万円台から、豪華なものは100万円台。祭壇料金には、枕飾り一式、火葬場手配、お通夜の道路案内、受付用具一式、祭壇上供え物、位牌、焼香用具一式が含まれている。
そのほかにかかる料金もすべて明記している。遺体を会場に運ぶ寝台車料金が3万円(同一市群内)、その時に使う布団が1万1000円。会場で遺体の保存に使うドライアイスは1回分で5300円。消臭剤、防腐剤が1万1000円。この時にかかるサービス料金が7万円。湯かんの儀が8万5000円。仏衣一式が5500円。御棺が3万5000円。通夜、告別式、火葬場、初七日法要、初七日会席、後飾り祭壇にかかる一連の費用がわかる。
生前に本人か家族、親族、知人が1万円を払って会員になると、50万円相当の割引を受けられる。葬儀を1回終えると無効になるが、再度会員になる人が多く、09年6月末現在で累計13万人にのぼる。
外資系企業も参入している。
オールネイションズ・ソサエティ(東京都中央区)は03年に日本に進出し、価格の透明性と本人自ら生前に予約するサービスで話題になっている。
プランは全部で3つ。火葬を中心とした1日のお別れプランが50万円で、火葬の費用、納棺用品一式、枕飾り一式、役所への届け出、ドライアイス、骨容器一式、写真、寝台車、案内スタッフの費用が含まれている。家族、親族で通夜、告別式を行うファミリープランは70万円。火葬プランの内容に加えて、祭壇、司会、僧侶用品一式、設営スタッフの料金が入っている。デラックスプランは100万円で、ファミリープランの内容に加えて、生花祭壇、案内スタッフ、受付用品一式、棺の上に置く花束の費用が入っている。終身会員になると、各プランが10万円割引で受けられる。そのほか、オプションで霊柩車5万円、洋型霊柩車10万円、生花1万5000円〜2万円、マイクロバス6万3000円などから必要なものが選べる。
高齢化で死亡する人は今後30年間、増加するとみられていて、関連ビジネスは成長が期待されている。今後もイオンのような大手を含め、新規参入が相次ぎそうだ。


2009年08月25日11時05分 / 提供:ダイヤモンド・オンライン
それでも単独では生き残れない サッポロ・ポッカ連合の次の一手
 ビール系飲料大手のサッポロホールディングスは8月14日、飲料大手のポッカコーポレーションとの資本提携を発表した。

 サッポロは約100億円を投じ、ポッカの発行済み株式の約21.65%を取得。これにより、商品の共同開発や自動販売機の相互乗り入れを行ない、競争力強化を図る、としている。

 だが、両社の提携を脅威と受け止める業界関係者は多くない。

 というのも、飲料業界においては、サッポロ・ポッカ連合は単なる弱者連合で、次の再編に踏み切らない限り生き残れないと見られているからだ。

 2005年から08年までの3年間でサッポロ飲料の販売量は26%減、2350万ケースにまで落ち込んだ。5万台しかなかった自販機は3万台に減り、もはや壊滅状態。シェアもポッカとJTに抜かれ、総合飲料メーカーではどん尻の12位である。

 かたやポッカは投資ファンドアドバンテッジパートナーズと組んでMBO(経営陣による自社買収)に踏み切ったが、業績は振るわず、目指していた今年3月の再上場は延期となった。

 サッポロとポッカが連合を組んでも自販機12万台、シェア3.2%(業界7位)で、大手5社の半分にも満たない。

 ちなみに、清涼飲料業界2位のサントリーの販売量は3億1850万ケース、自販機は44万台。販売量でサッポロ・ポッカ連合の5.9倍、自販機で3.6倍の大差がついている。サントリーとキリングループの経営統合が実現すれば、この差はさらに広がる。

 では、サッポロ・ポッカ連合が次にどこと組むのか。有力候補として名前が挙がっているのは、同じく飲料事業で苦戦しているJTと乳業・製菓大手の明治ホールディングス。明治はポッカの筆頭株主であり、飲料事業の提携をテコにして、親会社同士の提携にまで持っていけるのか。食品業界再編の次の焦点はそこへ移る。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 小出康成)

経産省OBを受け入れ加速するスズキの後継者選び

エイデンから「エディオンEAST」に 10月から社名変更
2009年8月19日 朝刊
 家電量販店大手のエディオンは18日、10月1日から傘下のエイデン(名古屋市)の社名を「エディオンEAST」、デオデオ広島県廿日市市)を「エディオンWEST」に変更する、と発表した。
 エディオンは、デオデオミドリ電化兵庫県尼崎市)を10月に合併するなどの事業再編を進行中。事業の中核を担うエイデン、デオデオの両社の社名をエディオンブランドに統一し、業務拡大や営業力の強化を目指す。
 社名変更後も、店舗ブランドとしての「エイデン」や「デオデオ」は維持する。
 ただし、エイデンが複数の店舗ブランドを展開している関東圏では、11月下旬までに全21店舗を「ishimaru」に統一する。

浜岡原発 4号機、発電再開へ
地震から1か月 3号機は来月10月
 中部電力は15日、静岡・駿河湾震源とする地震で稼働停止していた浜岡原子力発電所静岡県御前崎市)4号機の調整運転を再開した。17日にも発電を始める。地震で全基(3〜5号機)が自動停止していた同原発の稼働は約1か月ぶり。3号機は10月上旬に運転を再開する予定だ。

 5号機は11月上旬に運転を再開する予定だが、震災時に発電タービンで異常警報が出たため、現在は点検を進めている。破損などの不具合が見つかれば再開が遅れる可能性もある。また、中電は同原発で実施している地質調査を来年2月ごろまで延長する。調査は9月中に完了予定だったが、5号機が観測した揺れが1〜4号機の最大4倍に達したため、調査の対象地点も増やして原因究明を急ぐ。
(2009年9月16日 読売新聞)


浜岡原発の地下構造調査強化 駿河湾地震受け中電
2009年9月16日 朝刊
 中部電力は15日、2007年7月の新潟県中越沖地震を受けて行ってきた浜岡原子力発電所静岡県御前

崎市)の地下構造調査について、地震計の設置場所やボーリング調査個所を追加すると発表した。先月の駿河

湾を震源とする地震の際、5号機で比較的大きな揺れが観測されたため。
 中電は追加分を合わせた調査結果を来年2月をめどに国の原子力安全・保安院に提出し、今後の耐震対策

に生かす方針。ただ調査は「自主的なもの」(原子力部)で法的根拠はない。このため5号機の運転再開は、10

月末までの計画で進めている点検作業で「問題がなければ立ち上げたい」(同)としている。
 追加分は5号機周辺で地震計を追加設置するほかボーリングの調査場所も1カ所から5カ所に増やす。人工的

に振動を発生させて地中での伝わり方を調べる陸域・海域弾性波探査も、より詳細に行う。
 調査は昨年9月から1年間の予定だったが先月の地震で5号機で3、4号機に比べて3倍近い加速度が観測さ

れた。中電は「地下構造の違いが一因ではないか」(同)と推測し、追加調査の実施を決めた。
地震で停止の4号機「原子炉起動」と発表
 中部電力は15日、先月の駿河湾震源とする地震で自動停止した浜岡原発4号機が、同日午後4時4分

に原子炉起動したと発表した。今後は運転しながら蒸気タービンや発電機、排気設備などの安全性を確認し、

順調に進めば約1カ月後に営業運転に入る。

原発トラブル 「想定外」が多すぎる
2009年9月4日
 震度6弱の揺れは浜岡原発静岡県御前崎市)を予想以上に揺さぶった。敦賀1号機から原発延命化の時代

を迎え、より厳格な監視が必要になる。消費者も、もっと原発や電気のことを知るべきだ。
 今度も「想定外」だった。先月十一日の地震で、浜岡では5号機の揺れだけが強かった。微量の放射性物質

外気に漏れた。建屋の床のボルトが二十四本破損し、壁にはひび割れができた。全体で地盤沈下など約五十カ

所の損傷がみつかった。5号機だけが強く揺れた理由は分かっていない。
 二年前の新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原発が設計時の想定を最大で三・六倍上回る揺れに見舞われ

、七基すべてが停止した。地盤の特徴が揺れを大きくしたという。地下はまだ「未知の領域」で「未知の危険」に襲

われる恐れも強いということだ。
 静岡の地震を受けた政府の原子力安全・保安院の会議でも、浜岡5号機の下に「未知の断層」があるのでは、

という意見が出た。
 耐震補強が奏功してか、大事には至らなかった。しかし、浜岡原発東海地震の想定域にあることを、あらため

て思い知らされた。マグニチュード(M)6・5でこのトラブルだ。東海地震で想定されるM8ならば…。「未知への不

安」を覚えた人も多いだろう。
 柏崎刈羽7号機は試運転中に燃料棒から微量の放射線漏れがみつかって、営業運転再開が延期になった。

自然の猛威は常に人知の上をいく。政府の安全指針がいくら改められても、わたしたちは原子力をまだ使いこなし

ていない。
 石炭火力での代替コストがかさむとか、原発抜きで温暖化対策はできないなどの事情を理由に「再開」を急いで

はいけない。科学的知見をさらに積み上げ、情報をわかりやすく開示しながら細心の注意を払って進めてほしい。
 情報開示が必要なのは、立地先の住民に対してだけではない。電力消費者は、ただ使うだけで、電気のことを

よく知らない。
 生活に不可欠の電力が、どこから、どのように、どんなリスクを背負って届けられるのか、安全にはどれだけコストが

かかるのか、ほかに選択肢はどれだけあるか、電力消費者と電気や電気の使い道について話し合い、学ぶ機会を

増やすべきではないか。
 これらを知って、原発との付き合い方をよく考えるべきだろう。想定外の激しい揺れは「未知なる大地」からの警鐘

だ。

遅れているから面白い バロー・田代正美社長
2009年8月27日
自らの経営方針について語るバローの田代正美社長=岐阜県多治見市の同社本部で

 小売業はまだまだ改革、改善の余地がある。進んでいるから面白いと思う人間と、遅れているから面白いと思う

人間と2つあると思うんだよね。おれは、遅れているから面白いんじゃないかなあというのが(入社した)一番(の理由

)だわね。
 2つの方向性を常に持っていた。まず業界の中で先行したい、そのための戦略をどうやって描いていくかということ

。もう一つは現実の部分として、おれが入った時は8店舗だったけど、そのうち2店舗はタイルもはってないし、瓦屋

根だし、そりゃひどい状況だったわね。いい環境で社員に働いてもらいたいと。そのためにどうするか、ということを常

に追ってた。
 流通業には経営指導をするコンサルタントがすごく多くて、指導を受けるとか意見を聞くだとかがあるけど、おれは

、あくまでもコンサルタントに教えてあげると。現場を持っているのはわれわれだし。その辺で物流の作り方から何から

違うわね、よそと。同じようにやってても全然違う。
 今年新入社員を調査したら、リンゴの皮をむけるのが10人に1人しかいないと。刃物を持ったことがない人間しか

いないのに、魚のさばき方なんかの教育がどこまでできるのか。じゃあ(食品加工を一括集中して行う)プロセスセン

ターを造ろうと。100店舗で(さばき方などを個々に)教育するよりも、1カ所できちっと出荷検査をすればリスクはぐ

っと少なくなる。現実の姿を具体的に見ないと、なかなかアクションには入れないよね。
 われわれの商売は、10店舗くらいまでは参入障壁はすごく低い。ところが100店舗になったら維持していく障壁

というのはすごく高くなっちゃう。
 例えばわれわれは自社工場でパン生地をつくり、店舗内で焼いたパンを98円で売っている。工場がないとパンメ

ーカーから生地を買うわけだけど、それでは利益が出ない。でも最低、100店舗ないと工場は動かせない。
 つまり、企業規模が大きくなれば仕組みを変えざるを得ない。その仕組みをどれだけ適正に作れるか。メーカーの

資質の人間が必要になってくる。
 今まで先行してきた企業は全部、それで失敗している。だから、われわれはいかに製造機能を持っていくか。「製

造小売業」になっていかないとこれ以上の成長はできないと思ってる。
 【たしろ・まさみ】 早稲田大法学部卒、71年山武ハネウエル(現山武)入社。バロー創業者の伊藤喜美氏(

現相談役名誉会長)の長女と結婚し、77年に同社入社。94年6月から社長。入社当時は8店舗だった岐阜

県東濃地方のスーパーを、ドラッグストアやホームセンターなど448店舗を展開する中部地方屈指の総合小売業

に成長させた。62歳。横浜市出身。


【流儀あり】
サービスに限りなし 大垣共立銀・土屋嶢頭取
2009年8月6日

 13年前、創立100周年で行員の声を聞いていってね。「大垣共立銀行という名前を変えてください」ってのが

一番多かった。店舗出す時に「大垣ってどこの銀行」って言われたりな。
 でも(同じ岐阜県内の)西濃運輸にしてもイビデンにしても、地域の名前。それでも全国ネットになる。何も大垣

共立の名前を恥じることはないだろう。それより先にやることがある。金融サービス業にどうやって変わっていくか。名

前変えればイメージ変わるなら、いくらでもやる。
 以前はほかの銀行と同じサービスを提供して、固定客を中心に仕事をしていればいいと思ってたんだろう。(全国

初の試みとなった)ATMの365日稼働から、大垣共立銀行の転換が始まったような気がするね。
 週休2日になれば土曜、日曜だってお金が動く。だったら休日だって(ATMを)やる必要がある。誰にでも分かり

やすいサービスじゃなきゃ。土日休日に出勤する人がいるからコストはかかるけど、信頼が強まるならやっていこうと。
 もちろん(他行に)追随される。だったらまた知恵を出していくのが大事だと思う。ここまできたか、じゃあ次はこうし

ようって。(スロットやルーレット付きなどのように)来て楽しくなるATMとか、触って楽しくなるATMとか。ATM一つと

ったって、いくらでも頭の使い方はある。
 われわれにとって、新しい商品の開発は一つの“ものづくり”。これが一つの醍醐味(だいごみ)だろうな。サービス

業でありながら製造業というか。「(新商品を開発して)これでどうですか、お客さん」ってね。
 サービス業である限り、お客さんがどう評価してくれるかが大事。(2005年に)ダイヤモンド誌で(地元預金者が

支持する銀行として)「つきあいたい銀行」第1位になったのは最高だった。達成感で燃え尽き症候群みたいになっ

ちゃって。2、3日仕事する気なくなった。これを維持するにはどうしたらいいかなと。プレッシャーは大きいね。
 新聞に(文字だけの)全面広告を打つのが究極の夢。「これ以上どんなサービスができますか 大垣共立銀行」っ

てね。多分これはかなわないだろうな。次から次へとやらなくちゃいけないから。
 【つちや・たかし】 70年、慶応大法学部卒。富士銀行(現みずほ銀行)を経て、77年、大垣共立銀行。常

務、専務、副頭取を経て93年から現職。ATMの365日稼働や離婚専用ローンなど全国初の取り組みを次々

に打ち出している。62歳。岐阜県出身。


【流儀あり】
哲学と「気付き」を手に プロトコーポレーション・横山博一会長
2009年8月20日

 給料袋に、びっしり印刷しているんですよ。求められる社員像や企業目標を。裏には「一、夢・ロマンが語れる人

」「二、挑戦する人」とか、7つ挙げてある。表の注意書きには「給料を増やすには、中の明細書を気にする事より

、表裏に書いている事を頭に入れて行動する事」って書いてある。
 手帳とかにこうしたことを書いている企業はあるけど、それで給料が増えるとまでは書いていない。ダイレクトに表

現した方が分かりやすいでしょう。大切なのは旗印。旗印があるから社員が一つにまとまる。売り上げや利益の目

標は、旗印にならんの。
 1994年に大阪へ(「カーセンサー」を発刊する競合の)リクルートが進出してきまして。こちらは年商30億円で、

向こうは3000億円。それで「かかってこんかいカーセンサー」ってスローガンを掲げた。会社対会社っていうけど、最

前線で戦うのは人、営業マンですよ。現場の士気をどれだけ高めるか。
 そんなスローガンにしたんだから、現場は常に、相手より何をしたら上回るかを考える。知恵は次から次へ出てくる

わけですよ。相手が1回営業に行けば、こちらは3回行く。5回行けば、10回行きゃいいんでしょう。
 両手があって、右手には人生哲学、経営哲学を持つ。哲学っていうと小難しいけど、旗印ですよ。それで左手に

は「気付き」。その哲学をうまくやれるかは、常に修正できるかなんですよ。気付きとは修正する能力。経営も人生

も同じ。哲学と気付きがあれば、どこでも通用できる。
 どの道で生きるかは自分で決めればいい。生き残りの条件は、人それぞれだから。私の場合、社会に必要とされ

る会社。社会性のある会社をつくりたい。(77年の)創業のころはオイルショックの後で、周りの企業がどんどん倒産

した。そういうところは社会性を追求せずに目先の利益ばかり追求してた。
 (中古車情報サービスも)本だけやってたら必要とされなくなる。「必要とされたい」と思い続ければ、インターネット

、モバイルと変わっていく。それも気付きでしょ。
 時代の変化に気付けば、やり方は変わってくる。一にも二にも「必要とされる」ことで、(やり方は)そこから出てくる

話。こういう会社にしたいっていうカンパニースタイルがないと。
 【よこやま・ひろいち】68年、静岡県浜松城北工業高校卒。家業の自動車部品メーカーやコンサルティング

社勤務を経て、77年に創業。「月刊中古車通信(現Goo)」を創刊する。79年、プロジェクトエイト(現プロトコ

ーポレーション)を設立し社長に就任、03年会長。59歳。浜松市出身。


【流儀あり】
くよくよしたってダメ 日本ガイシ・柴田昌治会長
2009年7月30日

 信条は、と問われれば「シンク・ポジティブ」だな。要するに、積極的に物事を考える。1000円ポケットに入って

いたら、1000円しかないと思うんじゃなくて、1000円で何ができるんだと。後ろ向いてくよくよしたってどうしようも

ない。
 一番苦労したのは、アメリカのボルティモアにある会社の再建だな。ロックインシュレーターズっていう碍子(がいし)

の会社で、真っ赤っか(の赤字)でストがあってどうしようもなかった。(ニューヨーク勤務の経験があったので)“お礼

奉公”で、社長をやってこいと。
 大きな会社なんだけど設備は古いし、アメリカで最も戦闘的な強い組合だったからね。(労使関係も)でたらめな

ルールでできとる。冗談じゃねえっていうんで、1981年に行ってすぐ改革案を出したんだけれど、若いのに生意気

なこと言うんじゃねえと。いくら工場を閉めると言っても聞かない。
 これじゃ引き下がれないっていうんで、ボルティモアの市長とかにも相談して3年間で策を練って、次の更改の時に

ルールを全部変えましたよ。それで初めて黒字になった。
 その間毎日工場に行って、何が足りないのかともう一度勉強して、社員と話し合って、だからみんな友達になりま

したよ。黒字になった時はクリスマスに七面鳥とかが入ったパッケージを全員に贈ったら(社員の)奥さんから「うちの

父ちゃん何十年勤めとって、こんなもんもらってきたことない」なんて感謝の手紙が届いた。
 で、ボルティモアにいた83年に(日本ガイシの)役員になったんだよな。本社に一回も勤務したことのないやつが。

それで日本に帰ってきたら、今度は真っ赤っかな電子部品事業。アメリカで立て直したもんだからこっちもやってくれ

と。
 それを何とか格好付けて、94年かな。社長になったんだけど。そんな経歴で、要するにまったく本流ではない。妙

な社長ができあがったもんだよな。
 アメリカとかで学んだのはね、人間というのはなるようにしかならんと。だからって「ケ・セラ・セラ」と何もしないんじゃ

ない。自分なりに考えてベストを尽くして。結果はね、神様にしか分からない。よりどころなんてないよ。自分のこれ

までの生きざまの中で最終的には判断しなきゃね。
 【しばた・まさはる】 名古屋大法学部卒。59年日本ガイシ入社。米ニューヨーク駐在、米ボルティモア駐在、専

務、社長を経て02年6月、会長に就任。同年5月から4年間、日本経団連副会長を務め、春闘の経営側の指

針となる経営労働政策委員会報告のとりまとめなどに尽力。72歳。名古屋市南区出身。


「安全向上、最優先で」収益拡大は大胆に挑戦 JR西・佐々木隆之次期社長
2009.8.28 23:01

インタビューに答える佐々木隆之・JR西日本新社長(鳥越瑞絵撮影)
 31日付でJR西日本の新社長に就任する佐